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鉄腕アダム004

「ボーリング?」

イワンは神妙にボールを転がす真似をして、舌でピンの弾ける音を再現する。
「そう、ボーリング」
振り向いた笑顔は実に子供っぽい。

「なんで僕が」
「一人でボーリングするのは寂しいだろ、たまにマイグローブつけて黙々と玉を投げてる人いるけどな。下の町にあるんだ、知らないか?」

「さあ、宇宙からは小さすぎて見えないから」
「本気なのか冗談なのかわかりづらいな」
それはイワンもだ。

「第一ボーリングなんてしたことがないよ」
「したことがないのはしない理由にならないだろ?」
乗り気じゃないけど断る言葉が見つからない。かわりに声にならない息が漏れる。

イワンに手渡されたしわくちゃの帽子と眼鏡をかけて(有名人だから、と言って渡された)長袖のシャツを着た。イワンの車が止めてある駐車場まで行くと車の脇で見覚えのある女性がタバコを吸っている。昔、イワンと仲良く写っている女性を誰かと尋ねたことがあった。

「クロエさん?」
「え?あれ?アダム……君?」
写真の通り、栗色の髪と目を引く肌の白さ、背が高くイワンとさほど変わらないと思う。自分を名をなぜ知っているのか、もしくは僕が眼鏡と帽子してこんなところにいるのか、かもしれない、いずれにせよクロエは驚いた風に僕を覗き込む。

「悪い悪い、マイグローブが見つかんなくて」
イワンが駐車場の暗がりから声を上げる、僕とクロエはイワンを見る。多分二人とも同じことを考えているはずだ、説明が欲しい。


午前中だというのに気温は30度を超えている。窓の外を果樹園が流れていく、道路は定規で引いたように真っすぐだ。

「一人でボーリングするのは寂しいだろ、先週痛感したんだ。」
イワンがマイグローブをつけて一人でボーリングをしているのを想像して、思わず笑ってしまう。後部座席のクロエはサングラスをかけてシートにもたれかかって外の景色を見ている。
「基地の中は意外と知り合いが少なくてね」

「あの、なんで私とあなたが恋人同士になってるわけ?」
「あれ言っちゃまずかった?」
イワンは親指で眉間を掻く。

「まずいも何も、恋人同士でもなんでもないでしょう?二度と会いたくなかったわ」
「君を呼んだのは天馬博士さ。世界中の頭脳が集結するプロジェクトだからね。事実君の論文はアダムプロジェクトにとても役に立った。」

イワンが僕をちらりと見やる。
「おかげでボーリングをする友達がひとりできた。」
建物の間からどこかまぬけな雰囲気の漂う巨大なボーリングのピンが見える。


深い赤の玉がレールに乗ったように真っすぐとピンに吸い込まれて、すべてのピンがきれいにはじき飛ばされる。

「たいしたものね」
クロエが手を叩く。
「たいしたもんだ」
イワンはビールを一口飲んで立ち上がり、ボールを手に取る。イワンは手を挙げ、僕はその手を叩く。テーブルには、ハンバーガーやらタコスやらお好み焼きやら豚まんやら、地下のファーストフードが集まった一角でイワンがいつの間にか買ってきたもので溢れている。僕はファンタオレンジをストローで啜る。

「嫌がらせね……」
ウーロン茶のストローをかじりながらクロエが言う。
「え?何が?」
「ダイエット中なのよ」

ピンが弾け飛ぶ心地よい音が響き、イワンがガッツポーズで振り返る。クロエは立ち上がり、手を挙げるイワンの横を目も会わさずに素通りする。イワンは肩をすくめベンチに戻ってくる。

「なかなか楽しいだもんだろ?」
「ボーリングが?」

「いや、こういう休日がさ」

結局みんな肩を並べたようなスコアで、かろうじてイワンが面目を保った格好でボーリング場を出た。帰りにドラッグストアに寄り、クロエはこまごまとした化粧品を買った。イワンはワンフロアーの大きなおもちゃ屋で、シルバニアファミリーの人形をたくさん買い込んでいた。

果樹園を照らす街灯が窓を流れていく。クロエは外を見ているのかと思ったけれど、窓におでこをつけて眠っている。最初は街灯が反射しているのかと思ったけれど、クロエの左の手の甲の皮膚の下で蛍のような光がぼんやり光っている。

「イワン、なにかクロエの手が……」
いつの間にか自動運転に切り替わっていて、イワンはハンドルを握ったまま眠っている。僕の言葉は途中で行き場を失い、真夏の夜のぬめりとした風が車を撫でている。

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